南フランスに吹く風・ドビュッシー

8月の南フランスは、眩しい太陽光線が注ぐ金色の光のパウダーに包まれてきらきらと輝いていた。トゥールーズの空港から、夏のバカンスを楽しむ家族で賑わう電車に乗り込んだ私たちは、キャスト駅で下車。そこからはフランスの雄大な田園風景を車窓に、目的地キャステルフランクまで車の旅が続いた。果てしなく続く丘には、鮮やかな黄色のひまわり畑や、日向ぼっこをする牛たちがくつろぐ牧草地、真っ赤になった完熟トマトの甘い香りが漂う野菜畑が広がっている。白い木製の看板に刻まれた「キャステルフランク」という黒いローマン字体を思わず見逃す勢いで走っていたそのジープは、急カーブをきってでこぼこの土道に入った。無造作に転がる石といくつもの水溜りに、後方座席はトランポリンのように跳ね上がり、ようやく青々と茂る緑のトンネルをくぐったところで、私は思わず息を呑んだ。目前にしたのは、絵本の世界でしか見覚えのない真っ白い古城だった。開放されたガラス窓には、白いカーテンが翻り、いたずらな夏風に運ばれて、澄んだピアノの響きはコバルトブルーの大空に消えていく。師ポール・ロバーツの繰り広げるフランス音楽の世界に浸る2週間。漆黒の夜の闇に覆われると、天空がこれほど半球に見えたことはあるだろうかと感嘆させられてしまうほどの夜空は、神秘的な宝石箱のようだった。銀色の光彩を放つ無数の星と華麗な天の川、閑静な丘を渡る風はひんやりしている。早朝は、淡いピンク色の朝靄に包まれてベーカリーのトラックを待つ。1メートルほどの焼きたてのフランスパンを両手に抱えて古城に戻ると、香ばしいコーヒーの香りと、鮮やかなガムランの響きが、朝食の時を告げていた。ドビュッシー(1862-1918)作曲の版画・第1番パゴダである。この古城を四六時中取り巻いているもの、それは「風のささやきとドビュッシーの音楽」だ。詩人ジャン・コクトー(1889-1963)が「ドビュッシーの音楽は、ドビュッシー以前からあったものだ。」と言ったように、その音楽は、まさに自然の呟きを私達に伝えているもかもしれない。

キャステルフランクから隣町アルビへ出向いたのは、ある水曜日の午後だった。この古城からもう1週間以上も出たことはない。久しぶりに見る町のざわめきを、何か新鮮に感じたことを覚えている。南フランスの愛嬌あふれるアルビの町の石畳には、白いパラソルを広げたカフェ、しゃれたブティックがずらりと並び、広場は、爽やかな噴水の水しぶきを浴びるサングラス姿の若者たちで賑わっていた。そしてこのアルビの魅力は、町のシンボルともいえる壮麗な大聖堂と見事なロートレック美術館に秘められてるのではないか。赤茶色と褐色のレンガで築かれた厳かな美術館は、ゆったりと流れる大きな河の絶壁に聳え立ち、そこからはアルビの町が一望できる。1864年、ロートレックは、アルビの名門貴族・トゥールーズ伯爵家に生まれた。しかし、少年時代に両足を骨折したために下半身の成長が止まり、貴族の社交行事である乗馬やダンスに参加することができず、また周りからの気遣いもコンプレックスとなってしまう。そして1885年頃からパリのモンマルトに住むようになったロートレックは、上流社会からにげるようにして自らの居場所をパリの裏通りの酒場に求め、パリの風俗をありありと描き続けた。1901年、アルコール中毒と精神錯乱で他界してしまってからも、彼に愛情を与え続けた母は、数々の作品をこの美術館に寄贈したといわれている。31枚というロートレックの特徴的なポスターの展示されるフロアは、観光客であふれかえっていた。赤、黄、白、黒の4つの明瞭な色彩で描写された踊り子たちは、奔放にステップを打ち、今にもその紙面から飛び出してしまいそうなほど生き生きと描写されている。37年という彼の生涯の歴史をを追って、スタイルも色彩も多様な作品をじっくり見て回った。途中、激しい夕立が降り、鋭い稲妻が暗い雨空を引き裂くように何度も走っていたようだけれども、美術館を出る頃にはもう夏の澄んだ青空が広がっていた。

購入したばかりの2枚のポスター(「Jane Avril」「Le Divan Japonais」)とパンフレットを片手に、石畳の大通りを横切り、カフェの白いパラソルの下でカプチーノをとることにした。心にはまだ、感動と興奮があふれている。そして、どこからか日本の風が吹くのを感じたのは、不思議な感覚だった。「日本装束を一式取り寄せるまでにいたったロートレックの懸命な浮世絵研究が、彼の特徴的な構図を生み出した」という解説を読み返す。1889年、パリで開催された万国博覧会は、音楽・芸術の世界にジャポニズムまた印象主義を生んだ革命的なイヴェントだった。博覧会では東洋やアフリカ、さまざまな国から文物が出品され、その中には華々しくスポットライトを浴る浮世絵の存在もある。異文化の風がインスピレーションを運び、新しい価値観が生まれ、そしてそこに新しい芸術が誕生する。絵画の世界でモネ、ルドン、ロートレック、文学でマラルメ、音楽でドビュッシーとラヴェル、彼らはこの新感覚の世界の扉を開けた開拓者たちだった。そして今、多様な文化、習慣、伝統の混合するこの時代にも、過去から生き続けてきた芸術、音楽、文学は、私たちの運ぶ「風」に乗って生きている。

たそがれ時に近づいて、私たちはアルビの町を後にした。真っ赤な夕日に照らされて、滑らかな曲線を描く丘は紫色に染まり、空には、淡いピンクとオレンジとネイヴィーブルーのグラデーションができている。その神秘的な光景に心を奪われた私たちは、丘の上にそっと止められたジープから降りた。夕立の大粒の雨を浴びた木の葉には、透き通った水滴がクリスタルのように輝き、その水滴はやがて小さな水溜りに落ちる。私の心に流れていたのは、ドビュッシー:映像(第1集)「水の反映」だった。作品のモチーフである3つの水滴は、水面に無数の輪を描き、水に映る樹木や橋やボートは、無造作に揺れ動きながら鮮明な色彩で描写されている。
たそがれ空と田園風景を前に、私の心には、その「映像」が刻まれていく。そしてドビュッシーの音楽には、いつでも南フランスの爽やかな風が吹いている気がした。

井尻 愛紗 2008