窓に眺めたロイヤル・アルバート・ホール ―ラフマニノフの情熱の大波は、夏の空に高く響いたー

ごおーっ、と唸るような騒音、耳をつく甲高いアナウンス、むんむんと濁った生温い空気が充満するのは、ロンドンの地下鉄。誰もが避けたいその地下へと続く入り口は、ストレスを背負った気忙しいロンドナー達で、仕方なしに殺到している。街を対角線に走る、ピカデリーラインに乗って、サウス・ケンジントン駅で地下道を抜け出した時の気分は、どんなに、清々しいだろう。香ばしいコーヒーの香りの漂うカフェ、フランス人の経営するおいしいクレープ店、ここが大英帝国の歴史を誇る土地であった事を思い出させるように、壮大なヴィクトリア・アルバート博物館と歴史博物館の並ぶその区域は、気品と優美さに包まれている。
ロンドン西部、シェパーズブッシュの新しいフラットに、2人の友人ハンナ、サラと引越ししてきたのは、ちょうど1年前。自宅から英国王立音楽大学のあるサウス・ケンジントンまでは、52番のバスに乗り、路上で配られたロンドン・ライトという新聞のページを繰りながら、ちょっとした息抜きをするのが、私の日課になっていた。ノッティング・ヒルを通り抜けると、そのバスは、お洒落なブティックがずらりと並ぶハイストリート・ケンジントン通りへ出る。二階建てバスから見下ろすウィンドー・ショッピング。緩やかなカーブを曲がると、左手には、大都会の楽園―緑いっぱいのハイド・パークが見渡せる。夏の金色に輝く太陽の光をいっぱいに受けて、風に翻る緑。仕事の休み時間に、ジョギングで汗を一流しするサラリーマン、CDプレーヤーのにぎやかな音楽に乗って、ローラースケートをする若者達、風とじゃれる都会の犬達にとっても、この楽園は、時を一瞬忘れさせてくれる安らぎの空間なのかもしれない。
右手に、ロイヤル・アルバート・ホールが見えたところで、私はそのバスを降りた。ヴィクトリア女王の夫であるアルバート公に捧げられたという歴史的なこの楕円形演劇場は、茶色がかったオレンジ色をしたテラコッタときらびやかな金色の彫刻で、“芸術と科学の勝利”が描かれ、天井は、ガラス張りの大きなドームにすっぽりと覆われている。7月になって、有名なBBCプロムナード・コンサートが始まり、8000を越える客席を持つこの劇場前は、イブニングドレスに、タキシード姿の、紳士淑女で華やいでいる。パーティーの興奮した空気を潜り抜けて、大学の方へと足を進ませた私は、ゆったりとした階段を半分ほど来た所で、立ち止まった。赤茶色のレンガを高く積み上げた壮麗な大学を目の前に、半開した細長い窓から、風に乗ってあふれ出る音楽。クリスタルのように繊細なピアノの響きも、可憐なヴァイオリンのメロディーも、心に深くしみるチェロのヴィブラートも、澄んだホルンの音も、夏の青空に高くこだましている。そして、その空には夢に向かって懸命に練習する学生達の情熱が投影されている事に、ふと気が付いた。
私は、以前、この大学の外観を、小さなテレビの中に見ていた。天才少年と呼ばれ、一度は精神を病みながら、復帰したピアニスト、デイヴィッド・へルフゴッドの半生を描いた映画“シャイン”。あふれる涙をぐっと目頭に抑えながら観賞した記憶がある。音楽の世界に、どっぷりと陶酔し、熱演するデイヴィッドの奏でるラフマニノフのコンチェルト第3番は、まるで大海が巻き起こした情熱の大波と、砕けた涙の結晶のようだった。それから10年以上が経ち、私は、同じ大学の一室で、窓に映るロイヤル・アルバート・ホールを眺めながら、ラフマニノフのコンチェルト第2番を練習していた。ピアノの響きに包まれて、見渡す練習室からの風景は、いつでも最高だった。そして、私は、“どれだけたくさんの学生達が、この荘厳なロイヤル・アルバート・ホールを眺め、いつの日かその大舞台に立つことを夢見て、練習に励んできたことだろう”と思ってみた。
ストックホルムの王立音楽大学で、希望に満ちた大学生活が始まって、7年の年月が経った。“いつの日か、アーティスト・ディプロマを受賞して、デビューしたい。”19歳の私が、その時、胸に抱いた夢は、この日まで私を走らせてくれた。1週間後には、4度目の卒業を迎え、ホルンのファンファーレに呼ばれてアーティスト・ディプロマを受け取ることになっている。私の心と音楽の長旅に、新しい1章が始まる。開演時間になり、アルバート・ホール前は、静けさに変わっていた。高い夏の夕暮れ空の下、ラフマニノフの音楽が運ぶ情熱の大波は、心に熱く打ち寄せていた。                        井尻 愛紗 2007